山谷(さんや/さんこく)
「山谷」とは「東京台東区の日雇い労働者が多く生活していた『ドヤ街』の地域を指す通称」です。戦争に負けた日本が急激な経済成長を遂げた理由はいくつもありますが、東京が近代化したのは建設現場などで働く安く豊富な労働力があったからで、そのような人々がドヤ街「山谷」などにも住み着いていたのです。だから日本の大切な歴史でもあるのですが、その反面では肉体労働者ということでガラが悪かったりするので、時代の流れから臭いものには蓋をするように無かった扱いにしようとしています。
山谷の意味とは
「山谷」の意味は以下の通りとなります。
(1)「さんや」と読む場合は東京台東区北東部にかつて存在した地名で、日雇い労働者が多く住む「ドヤ街」だった事の名残となる通称。
(2)「さんこく」と読む場合は山と谷、又は山間にある谷。
(3)「ドヤ街」の「さんや」は「三谷」とも書き同義。
「山谷」は文字通りに「山と谷」といった意味合いもありますが、通常は東京都台東区の北東部に位置する清川や日本堤や東泡草などの「ドヤ街」とされる地域を指す通称です。「ドヤ街」とは「日雇い労働者」が多く住む街という意味で、戦後の混乱期の昭和時代に田舎から仕事を求めて東京にやってきた多くの労働者が流れ着いた地域として、安価な宿泊施設や酒飲み場なども多く活気がありましたが、その一方では昼間から酒を飲む人が溢れたり犯罪なども多発し言葉悪いですが日本の「スラム街」といった一面があったのも事実で、そんなニュアンスを込めて「山谷」を「ドヤ街」と呼んでいます。令和になった現在はそんな名残を残しつつも、交通の立地が良く安い宿泊施設が多いので外国人旅行客から人気であったり、新築マンション建設なども盛んなので生活をするには便利なエリアとなっています。よって、多少誇張もありますが、かつては「山谷」といえば台東区の一部地域や場合によっては周辺地域も含めてを「ドヤ街」として、労働者が多く住み酒飲みが好きな居酒屋や食堂や簡易宿泊施設が溢れているイメージもありましたが、現在は殆どの地域で再開発で街が整備されて住宅地や商業地となり、東浅草二丁目の交差点付近が所謂昔ながらの「山谷」として生き残っていますが、飽くまでも通称であり今ではそのような地名は存在しません。ちなみに漫画「あしたのジョー」の舞台となった街が「山谷」であり、その印象が強いので現在でもあの独特の世界観が残っていると誤解を抱いている人も少なからずいるようです。
山谷の由来
1966年(昭和41年)までは「東京都台東区浅草山谷」という住所が1丁目から4丁目まで存在しましたが、その後は住居表示の実施という行政上の都合から「山谷」という地域名は姿を消しましたが、通称としては未だに人々へ定着をし続けています。また、戦後の混乱期に労働者が集まったという説もありますが、元々は江戸時代の頃から宿場町が多く吉原の遊郭やそのお客のような労働者が住み着き「山谷」という街を形成していたようです。
山谷の文章・例文
例文1.新宿歌舞伎町のトー横も現代版の山谷のような場所である。
例文2.現在の山谷も酒飲み向けの飲み屋が昼間から営業をしているので、独特の雰囲気があるのは間違いないが、高齢者が溢れる街という方がしっくりくる。
例文3.このまま独身で生き続けたら晩年は山谷に安アパートを借りて最後を迎えたいと思う。
例文4.男として生まれたら最後は山谷に住み着き、野良猫の頭を撫でながら酒浸りになって幕を閉じるのが最高の生き方ではないのか。
例文5.スラム街の山谷には反グレ集団も近付かないのは、最低限の敬意を示しているのか、単に金持ちが少ないからなのか真意は不明である。
「山谷」を使った例文となります。
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山谷の会話例
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何か面白い話はー、えーとー、そうだ学生時代は山谷のコンビニでバイトしていたんだよ。
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山谷って、あの山谷だよね。高齢の労働者が多い、ちょっと危険な街。
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そうそう。正確には山谷の近くのコンビニだけど、独特な雰囲気のお客が多くて面白かったよ。酒を買いに来る客ばかりだから、気前よくチップをくれたりして。
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それってもらっていいの?
「山谷」付近のコンビニでバイトをしていたという会話です。
山谷の類義語
「山谷」の類義語には全国の有名なドヤ街として大阪「あいりん地区」、横浜「寿町」などの言葉が挙げられます。また「ドヤ街」の類義語は「スラム」「スラム街」「貧民街」「裏町」「ゲット」「無法地帯」などの言葉になります。
山谷の対義語
「山谷」の対義語は厳密にはありませんが強いて挙げるなら高級住宅地の「白金」「松濤」「成城」「南麻布」「田園調布」などの言葉が挙げられます。また「ドヤ街」の対義語は「セレブの街」「お屋敷町」「邸宅街」「高級住宅街」などの言葉になります。
山谷まとめ
昭和時代の労働者が多く住み着いた東京台東区の一部地域を指す通称が「山谷」です。昼間から営業する酒飲み向けの店や安い宿泊施設が多く、また酒飲みや労働者はガラが悪かったのでそのイメージから日本のスラム街として定着をしました。外国の本当のスラム街と比べると遥かに生活環境は良いのですが、どうしても東京23区という煌びやかな大都市の中では台東区の「山谷」は貧しい労働者が生活する街という風に人々が思い込んでしまったのでしょう。