無神論(むしんろん)
「無神論」とは「神を不要としたり存在を否定する考えや立場」です。日本人の多くは仏教(新道)なので神の存在を信じている人ばかりですが、日頃生活をする上では神を意識する機会は少ないと思います。しかし、合格・安全祈願のお守りを持っていたり神社仏閣が各地に点在したり、時にはお参りに出掛けるのですから人々に密着をして見守る存在であるのは間違いないようです。これらに反対というか神はいないとする立場が「無神論」になります。
無神論の意味とは
「無神論」の意味は以下の通りとなります。
(1)神の存在を否定する立場。神の存在を不要とする考え方。
(2)神や神に相当する者の存在を否認する事。
(3)神を否定する自然主義・唯物論・無神論的実存主義などの立場。
”無神”は「神を信じない」「神は存在しない考え」、”論”は「意見」「見解」「考え」「道理を述べ語る」で、端的に言うなら「神はいないとする考え」が「無神論」です。しかし、物事はこんなに単純ではなく「無神論」は良くも悪くも世界中の大多数から信じられている「有神論」を否定するので、云わば「異端」であり「悪」という立場に置かれています。もちろん日本という法治国家ならば常識の範囲内で「無神論」を主張しても大きな問題はありませんが、これがイスラム国家などで「無神論」を主張するのは命の危険が迫り、欧米のキリスト教国でも「無神論」は信じられていません。要するに神があっての人類や地球であり生命が宿るので、そこには理屈や理論を超えた絶対的な存在の「神」が求められているのです。大多数が存在を信じる「神」の姿形はなくても影響力はあまりにも巨大ですが、それでも僅かとされる「無神論」が消えないのも事実で世界では大凡で10%前後が存在すると言われています。また、現実として「有神論」でも日頃は神の存在は意識せず、自分に良い時が起こった時や悪い事が起こった時に都合良く「神」を扱っているのも事実です。ですから一説によると2050年には若者などを中心に半数程度が「無宗教」で「無神論」に傾くと言われていますが、反対に今後は温暖化や気候変動で環境問題がさらに大きな問題となるのは明らかな事から、「神」にすがる人がさらに増えるとも言われ、どちらにしろ「無神論」の立場も受け入れて「有神論」と共存するのが正しい姿なのかも知れません。
無神論の由来
「無神論」の由来は古代ギリシャ語の男性の神「theos」(テオス)などを否定する人々が始まりとされ、その後は古代インドでも「無神論」を提唱する思想家のアジタ・ケーサカンバリンなどが登場します。
無神論の文章・例文
例文1.仕事が上手くいくと自分の実力だと得意満面になり、しかし一転してダメになると神頼みを繰り返すが、それでも自分は無神論者だと自覚している。
例文2.日本にはマザームーンという絶対神が保守を操っているので、無神論を主張しているといつか災いが降り注ぎ、部屋中が壺だらけになる恐れがある。
例文3.無神論よりは有神論に身を置いて大勢と適当に生きた方が人生は楽である。
例文4.友人と酒を飲みワクチン反対を冗談で口にしたら「お前は無神論で反ワク」と軽蔑されたが、その数か月後に再会したらワクチン副反応が辛すぎると弱音を吐いたので、「神に祈れ」と言ってやった。
例文5.神を信じるアメリカ人が人生に絶望してお得意の高性能ライフル銃で学校や街中で大量虐殺を繰り広げ、それでも時間が経過すれば拳銃など握った事もない者が無神論だと悪魔呼ばわりするのはどうも腑に落ちない。
「無神論」を使った例文となります。
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無神論の会話例
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神っていると思う? それともいないと思う?
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究極の質問をサラッとするのね。神は存在して欲しいけど、見た事がないから分からないわよね。
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そうだよね。でも、だからといって無神論というのも飛躍し過ぎだし、信じたいけど決定的な証拠めいたものが欲しいよね。
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毎日神様とスマホでメッセージやり取りをしたら信じるけどね。
神を信じたいが決定的な何かに欠けるという会話をしています。
無神論の類義語
「無神論」の類義語には、「無宗教」「不可知論」「現実主義」「リアリスト」などの言葉が挙げられます。
無神論の対義語
「無神論」の対義語には、「有神論」「人格神論」「入信」「崇拝」などの言葉が挙げられます。
無神論まとめ
「無神論」は文字通りに神の存在が無いとする考えや存在を不要とする事です。日本も含めて世界中の大多数は神の存在を信じる「有神論」が圧倒的に多いですが、それでもデジタル化や人との付き合いも希薄になり信仰心の強い人が減少をしているのは否めません。